チタンクッカーの開発に挑んだ渋木プレス

キャンプを題材とした漫画やアニメの影響、コロナ禍でのいわゆる「密」になりづらい遊びとしての注目の高まりなどから再燃したキャンプブーム。
2024年現在では落ち着いたという声もあるものの、キャンプ用品情報サイト「CAMP x GEAR」の調査によれば「キャンプブームが終焉ではなく、新たな形で定着しつつある」状況だといいます。アウトドアブランド「PYKES PEAK」が実施したキャンプブームに関するアンケートでは、「キャンプはブームから文化になった」という意見も挙がっていました。

日本でキャンプがブームとなったのは今回が初ではありません。前回のブームは1990年代で、自家用車の浸透などから人気を集めました。ブームが最高潮に達した1996年にはキャンプ人口が1580万人まで増えたといいます。
その後ブームは一度落ち着いたもののキャンプ用品は進化を続け、キャンパーたちの楽しみを支えていきました。

そんなキャンプ用品の定番の一つに、バーナーや焚き火台で加熱して使う調理用具のクッカー(コッヘル)があります。荷物が多くなるキャンプでは軽量で丈夫なものが好まれ、その原料はアルミやチタンが主流です。
しかし、チタンは加工が難しい上に高価なため、最初からクッカーの原料として定番だったわけではありませんでした。チタンクッカーの製品化に世界で初めて成功したスポーツ用品メーカーのエバニューも、最初は製鉄所に断られることが多かったといいます。
そんな中、エバニューの提案を受けて開発に取り組んだのが、新潟県燕市に本社を構える「渋木プレス」でした。

キャンプのイメージ画像
お気に入りのギアに囲まれてキャンプ

細分化されたプレス加工の技術

渋木プレスは材料に金型を当てて圧力をかけ、任意の形状に形成する「プレス加工」と呼ばれる技術に取り組む企業です。
プレス加工には「せん断加工」や「曲げ加工」などの種類がありますが、特に得意としているのは「絞り加工」と呼ばれるもの。これは板状の金属を円筒や角筒などに加工する方法で、形成された製品に繋ぎ目がないのが特徴です。プレス加工の中でも最も難しいとされています。

絞り加工も細分化されており、円筒状に形成する「円筒絞り」、底の深い容器を形成する「深絞り」などがあります。複雑な形状に形成する技術は「異形絞り」と呼ばれており、特注品を作る際などに使われています。
渋木プレスでは角筒状に形成する「角筒絞り」の実績が特に多いですが、難易度の高い異形絞りや深絞りにも対応。さらに、絞り加工の中で最も難しいと言われている「バルジ成形」も可能です。これは底がゆるやかに膨らんだ形状のものを作る際などに使われる技術で、渋木プレスでは筒の中にゴムを入れてプレスすることで行っています。50年以上プレス加工を専門に取り組んできた高い技術力で、不可能と言われるような難しい加工も可能にしてきました。

絞り加工の様子
職人が一つづつ仕上がりを確認する

チタンクッカー開発秘話

そんな渋木プレスの高い技術力が生んだ代表的な製品の一つが、先述したエバニューのチタンクッカーです。
チタンはそれまで主に飛行機の部品や医療分野などで使われていた素材で、クッカーには使われてきませんでした。チタンはステンレスよりも腐食しづらく、軽く、耐久性に優れ、耐熱性も高い調理器具にぴったりな特性を持っています。しかし、ステンレスと比べると粘り気が少なく、曲げようとすると簡単に割れてしまう加工が難しい素材でもありました。さらにチタンの薄板は非常に高価なため、失敗した際のリスクも大きい。これらの理由から製品開発があまり進んでこなかった素材でした。

しかし、渋木プレスはそんな難加工材のチタンを、「職人としては誰もやったことのないことに興味があるし、成功すれば世界初」ということから挑戦しました。そして試行錯誤を繰り返して開発に成功し、エバニューは1994年には展示会でチタンクッカーを発表。
1995年には一般発売を開始しました。この時期はちょうど日本での第一次キャンプブームの最中です。こうして生まれた優れた製品がブームを後押しした側面もあるのではないでしょうか。
その後ブームは沈静化しますが、キャンパーたちの声を受けて製品のアップデートは進んでいき、2005年にはアメリカのアウトドア誌「Backpackers」がその年の優良製品を紹介する企画でエディターズ・チョイス賞に選出。アメリカでも人気が広がり、チタンクッカーはスタンダードの一つになりました。

チタンクッカーの写真
軽くて丈夫なチタンクッカー

多分野の専門業者との連携

チタンのような難加工材の異形絞りや深絞りは、素材・手法ともに困難ですが渋木プレスの技術ならば可能です。
設備的にも地域で最大級の300t油圧サーボプレスと200tサーボプレスを保有。地域の他のプレス業者では技術や設備の都合で加工できなかった製品を代わりに加工する、「プレス屋のお助け工場・用心棒」としても多くの製品を手掛けています。

渋木プレスはこのような地域の専門業者との連携も強みの一つです。同じプレス加工業者だけではなく、金型や研磨などの分野にも協力工場があり、地元のネットワークを活かして製品の開発・製造に取り組んでいます。
例えばプレス機に使う金型は渋木プレスの専門分野ではありませんが、協力工場との連携により製造が可能です。

そんな様々な専門業者の視点を集めることができる渋木プレスでは、図面一枚からの製品開発・製造依頼も受け付けています。「こんな商品、製品はできないか?」「こんな形状の加工はできないか?」のような、まだ何も見通しが立っていないアイデアの段階でも、多分野の専門家の知見で完成させることができるかもしれません。
渋木プレスの高い技術力と地域との連携は50年以上に渡ってプレス加工に取り組んできた老舗ならではの強みであり、ものづくりが盛んな新潟の強みです。

渋木プレスでは現在、こういった家庭用品やキャンプ用品のほか、建設用の金具、太陽光発電の土台なども手掛けています。絞り加工は工数が少なさから所要時間が短く、さらに一枚の板から作り上げるためコストも比較的抑えることができる技術です。そのため大量生産に向いており、チタンのような高価な素材を使っても手に取りやすい価格を実現できます。キャンプがブームになり、そして文化になった背景には、優れた製品が安く購入できるため参入ハードルがそこまで高くなかったことも理由として数えられるのではないでしょうか。
絞り加工の技術、そしてそのプロフェッショナルの渋木プレスは、私たちの生活を間接的に豊かにしているのです。

渋木プレスの設備の写真
深絞り・異形絞り加工を可能とする設備